児嶋流作詞論
仏師と作詞
僕は「作詞」という行為を、
一本の丸太から仏像を彫るようなことだと思っている。
メロディーという丸太が与えられる。
その木の感触や太さ、与えられた条件(締切りやアーティストの個性etc.)、
そして自分自身のインスピレーション。
それらを考えあわせた段階で、僕がその丸太から彫り出す造型は、
ひとつしかない。
他の作詞家が同じ丸太を与えられたら、
僕とは違う造型を彫り出すだろう。
けれど、僕が彫り出す造型は、僕だけの唯一のものだ。
そうして、「丸太」というメロディーに
言葉という命を吹き込んでゆく。

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