雑記
タンメン
先月の22日が母親の4回目の命日で、墓参りに行った。
供養の意味もこめて、母とのちょっと切ない思い出を書こうと思う。
それは僕がまだ幼稚園に通っている頃か、
その前後の頃のことだと思う。
ある日、たぶん土曜日か日曜日だと思うけれど、
僕は母に連れられて、県庁所在地である隣の市のホール
(おそらく県民会館かどこか)まで、電車に乗って出かけた。
今となっては往年の歌手だけれど、
黛ジュンのコンサート(というか、当時ならリサイタル)だ。(と思う)
商店街の福引きで当ったのか、母が自らチケットを買ったのか、
そのへんの事情は定かではないけれど、
暗い会場の遠くの方で、
スポットライトに照らされて歌っている女性の姿を憶えている。
リサイタルが終わった後、母と僕は地元の駅まで帰り、
駅前のラーメン屋で食事をした。
僕が何を食べたのかは憶えていないのだけれど、
母が「タンメン」を注文したことだけははっきりと憶えている。
幼い僕は、「タンメン」というものをそのとき初めて知ったからだ。
僕は、母が注文して出て来た「タンメン」なるものをまじまじと見た。
それは、白いスープに野菜が山盛りに入っていて、
僕が知っていたラーメンとはまったく違うものだった。
・・・というだけのことだけれど、
この記憶が蘇るたび、疑問が湧いてくる。
なぜ母は僕をつれて、僕とふたりだけでリサイタルに行ったのだろう?
当時の母の年齢を考えると、おそらく30才前後だし、
祖父母も健在だったから、僕を祖父母に託して、
親父と一緒にデート気分で行っても良かったはずだ。
けれど、母はまだ幼い僕を連れて出かけた。
食事も僕とふたりだけで食べた。
母は歌が好きで、掃除や洗濯をしているときでも、
いつも鼻歌を歌っていた。(おもに美空ひばりが多かった)
対して、 親父は職人で「カタブツ」だったから、
リサイタルなんてものに興味を示さなかったのかもしれない。
あるいは、嫁姑の問題でストレスが溜まっていて、
食事の用意を放棄し、僕を連れて祖母(姑)に反抗したのかもしれない。
今となっては、あの日、母がどんな気持ちで僕の手をひいて
リサイタルに行ったのか、確かめようもないけれど。

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